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まじめ話口頭指導の限界●予備知識 口頭指導とは、心肺停止やそれに近い患者についての119番通報がなされた場合に、 救急隊や救急支援要員としての消防隊が現場に到着するまでの間、指令担当職員(ディスパッチャ)が 通報者を指導して、通報者に心肺蘇生法その他必要な処置を行わせることを言います。 一般に、虚脱(≒心停止)から心肺蘇生法開始までの時間が短いほど、心拍再開率が高く、 社会復帰率も高いといわれています。 ----------------------------------------------------- 今から数年前、ある発表のための資料を作るため、過去数年分の救急活動を調べました。 発表のテーマは「口頭指導の有効性」。口頭指導が行われたものと行われなかったもので 心肺停止患者に占めるVF(心室細動)の割合が違うかどうかでした。 当時、まだ国内で一般市民が行う心肺蘇生法と救急隊が確認する初期調律(一番初めに確認した心電図) との関係を示した調査はなく、我々が求めたのは「口頭指導があれば一般市民が心肺蘇生法を行う機会が増え、 それに伴い初期調律での心室細動の件数が増える」という結論でした。 心室細動の患者と、それ以外の患者では、心拍再開率に大きな違いがあります。 バイスタンダーの心肺蘇生法により心室細動患者の数が増えれば、心拍再開率向上への第一歩となるわけです。 数万件に及ぶ救急活動から心肺停止患者の記録のみを抜き出し、さらに現場到着時の心電図波形を 調べます。心電図波形は「心室細動(含VT)」「心静止」「その他」に分類し、それぞれの件数を調べます。 さらに、指令室の協力を得て、各事案で口頭指導がなされたかどうかと、実際に心肺蘇生法が行われていたかどうかを 調べます。 その結果は、我々が求めていたものとは全く違いました。 口頭指導がなかったもののほうが、口頭指導があったものよりもVFの患者数が多かったのです。 我々は愕然としました。単純に考えると「口頭指導は有害であり、心拍再開率に悪い影響を与える」という 結論が導き出されてしまいます。危険率(統計に必ず付きまとう問題で、調査対象が偶然偏って 誤った結論を出してしまう可能性)の問題でもないようでした。 資料作りは一時中断です。この調査結果が持つ意味を考えなくてはなりません。 「早い心肺蘇生こそが社会復帰への第一歩」という命題に間違いがあるはずはなく、何かを見落としているに 違いないのです。我々が注目したのはVF症例のうち、口頭指導が行われなかったケースで何が起きているのかでした。 口頭指導は「通報内容が心肺停止だったから心肺蘇生を行わせる」という非常に単純なものなので、 行われなかった症例を検討するほうが何か答えが出るような気がしたのです。 その結果は目の覚めるようなものでした。 「彼らの心臓は、通報時点ではまだ動いていた」 口頭指導が行われなかったVF症例では、通報内容が「胸が痛い」「息が苦しい」など、患者の主訴があるものばかり でした。患者自らが119通報を行った症例さえありました。 年間数万件の119通報を処理する指令室にとって、これらの通報すべてを回線保持にして、来るかもしれない VFにそなえて口頭指導するのは不可能であるといえます。 結果、119通報から救急隊到着までの間に心停止となった患者では口頭指導が行われず、 虚脱から救急隊到着までの時間が短いことからVFが多く、それらの症例が口頭指導のないVFとされたのでした。 ---------------------------------------------- 口頭指導は、現在も全国の指令室で行われています。救急隊が現場に到着するまでの間、患者に心肺蘇生法を行うための とても有効な手段であることは疑う余地がありません。しかし、通報時点で止まっていない心臓に対しては指令室も 口頭指導をすることができないのです。我々は、ここに口頭指導の限界と、最大の弱点を知りました。 解決策は、全く思いつきません。 通報後に心肺停止となった症例では、通報者がそれに気づいて応急処置を開始するか、 助けを求めて119通報することを期待するしかないのです。 わがまま言ってすみませんが、本当に助けられる患者には口頭指導はありません。 通報者の皆さんにすべてがかかっています。 よろしくお願いします。 ●戻る● |